No.1012993

艦隊 真・恋姫無双 145話目 《北郷 回想編 その10》

いたさん

回想編 その10です。 何とか付け加えましたが……あれ?

2019-12-17 01:46:35 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:992   閲覧ユーザー数:922

【 接触 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗

 

 

『────どうやらLadyは、まだ到着していないようだな。 旗艦ともあろう艦が、余よりも遅いとは何をしているのやら………』

 

 

一刀達が待機している間に、風に乗り暮明から声が聞こえてくる。 どうも、日本語以外に他の言葉が混じるので、一刀の考えている通りの援軍のようだ。

 

 

『あれが………提督が待ちわびた援軍か?』

 

『え、えーと………日本語じゃない言葉が混じってるから、海外艦って………こと?』

 

 

その声に思わず日向達の視線が一刀へと集まるのだが、肝心の一刀が浮かべる表情は、決して喜悦ではない。

 

逆に、困惑とも不愉快だと感じられる顔をして、下の甲板に視線を移して俯く始末。

 

あの人当たりがいい一刀が、こうも嫌悪感を抱く様子に、思わず声を掛けるのを忘れる瑞鶴達。

 

そんなこんなの中、当の艦娘達が此方に近付き、相手の様子がハッキリと認識されたと思うと、向こうからファーストコンタクトの第一声を強烈に浴びせてきた。 

 

 

『余を迎える為のReception(出迎え)、実に大儀である!』

 

 

近付く艦娘は、睥睨するかの如く歩を進める、気位が高そうな金髪碧眼の艦娘。 毅然とした態度、着用する軍服が、彼女に更なる威圧感を高まらせる。

 

その海外艦の艦娘は、一刀を見つけると周辺の艦娘達を無視し、そのまま歩を進めて話し掛けた。

 

 

『失礼する。 この艦隊を率いるAdmiralは……貴様か?』

 

『そう……だが、君は──』

 

『余は偉大なビックセブンの一隻であり、帝国海軍でも名高い元帥直属艦隊に所属する精鋭、Nelson級戦艦一番艦のNelson(ネルソン)だ! よく見知りおくがいいぞ!』

 

 

態度も、艤装も、胸部装甲も壮大なネルソンに対し、一刀は俯いていた顔を持ち上げ、敬礼をしながら答える。

 

 

『了解した。 俺は………一応、臨時の提督として、この艦隊を率いている、◯◯鎮守府の提督、北郷一刀だ』

 

『ホン、ゴウ………?』

 

 

一刀の名を聞くと、ネルソンの口角が上がる。 

 

 

『そうか……貴様が、か』

 

『……………』 

 

『フッ………余と同じ、ビックセブンに名を連ねるナガートが、大いに自慢していたAdmiralだけある』

 

 

それまで、淡々と任務を処理する事務的な態度だったが、一刀の名前を聞くと、獲物を狙う鷹のような眼差しを向ける。

 

 

『ならば……正直に答えるがいい。 元帥の小娘……いや、三本橋中将と、その腰巾着である有象無象のAdmiral。 彼奴のSafety(安否)は?』

 

『他の提督達の生死は不明。 だが、中将は………』

 

 

一刀はネルソンが向ける視線を無視し、問われた件を簡潔に答えた後、自分達に起きた出来事を説明する。 

 

勿論、一刀は途中で艦娘達と別れて行動になったので、別行動であった出来事は、瑞鶴と日向達に丸投げになるのだが、仕方の無い話だ。

 

 

それでも、余りにも荒唐無稽な話だった。

 

 

三本橋の行った艦娘同士を攻撃しての強制レベリング。

組織の上位者による犯罪行為の黙認。

中将の計画を知り、圧倒的不利の中で起こした追走劇。 

世界を震撼させた怪物、戦艦レ級の存在。

 

そして、三本橋中将の───深海棲艦化。 

 

 

これだけでも驚愕の出来事なのに、最後に出てきたのは……都市伝説にもならない架空無稽、与太話、馬鹿馬鹿しい疑われても可笑しくない話だった。

 

 

この艦隊の危機に駆け付けた………謎の軍勢。

 

 

『ふむ…………大半は納得できる。 しかし、よりによって、余や貴様等と同じ、海上を走り抜け戦う謎の軍勢、か?』

 

『う、嘘なんかじゃないわよ! だって、ここに軍勢を率いていた女の子が………あ、あれっ!?』

 

 

ネルソンの渋る表情に疑いの色を見た瑞鶴は、思わず一刀を擁護しようと口を挟む。 

 

そして、事象を証明する為に、一刀の側で佇んでいた巻き毛の美少女に説明を求めようとするが、護衛で居た赤き艦娘共に姿が無い。

 

 

『しかも、艤装が砲撃さえできない旧式以下の武具。 それで、あの深海棲艦どもを容易く撃破に至らせるとは。 いや、それより…………艦男が居るのか?』

 

『艦息子……いや、艦オッサン………まあ、名称は後に考えるとして、男性も居ると言う。 瑞雲の神御自身が、敬虔な信徒である私に申し渡すのだ、疑う余地は無いと断言しよう!』

 

『そうか………実に興味深いものだ』

 

 

あっちこっち見渡しても居ない事に瑞鶴は唖然とするなか、ネルソンと日向で語っていたが、そんな日向から、実にあっけらかんと居なくなった理由が判明した。

 

 

『赤き艦娘達は、瑞雲の神と御一緒に、長門達の容態を確認しに出向かれたぞ?』

 

『それじゃ証明できないじゃない!!』

 

 

だが、そんな瑞鶴の叫びをよそに、ネルソンは気にする様子も無く鷹揚に頷き、こう口にした。

 

 

『証明など必要もない。 余の仲間をPatrol(斥候)に赴かせた。 直に確認して、余の下へ戻って来るだろう』

 

 

 

◆◇◆

 

【 酔艦 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗

 

 

戦場の空気が張り詰める中、漂流船の如く朽ち果てた船の上で、芳醇な香りを放つワイングラスが二つ。 

 

グラスの中で揺れ動くレンガのような色が、そのワインの熟成される為に味わった、樽で過ごした長旅を物語る。

 

そんなワイングラスを持つのは、一人は……北郷一刀。

 

言わずと知れた、この艦隊の提督。

 

そして、もう一人………いや、もう一隻は。

 

 

『Piacere(はじめまして)! ザラ級重巡洋艦の三番艦、ポーラで~すぅ。 お近づきの印に……Cin cin! (乾杯!)』

 

『……………』

 

『あれぇ、ポーラの酒が飲めないんですか~? 祖国では、Chi non beve in compagnia o è un ladro o è una spia (仲間と酒を飲まない者は、泥棒かスパイ)なんですよ~?』

 

 

グラスを持って固まる一刀に、ポーラが微笑みを浮かべながら、右手にしていたグラスを揺らす。 

 

グラスからは、揺らす度に濃厚な香りが拡がるが、対面する一刀の手はグラスを持ったまま、微動さえもしない。

 

 

『いや、その前に…………どうして、君と、ワインを酌み交わす事になった?』

 

『ネルソンから聞きました~! この国では、代表の男女が互いに酒を飲み交わしぃ、親密な絆を深めるという~特別なricevimento di bevenuto(歓迎会)があると~!』

 

『誓いの盃かっ!?』

 

 

いや、どうやら……この状況に付いて行けなかったようである。 

 

 

★☆★

 

 

この出来事より、少し前───

 

あれから、海上を蛇行しながらネルソンに近付く一隻の艦娘が現れた。 

 

その艦娘の顔は真っ赤、吐く呼吸は荒い。 

 

それに行動が常軌を逸する物であり、明らかに疲労困憊の様子が見てとれるので、艦娘達にも緊迫感が漂い始める。

 

ネルソンが労いの言葉を掛けるのを見ると、どうやら先程まで語っていた仲間の艦娘だと、予測するのは容易。

 

しかし、その艦娘が深呼吸して息を整え、開口一番に出した台詞が、あまりにも想定外だった。

 

 

『酒ぇぇぇ! 飲まずにはぁ~いられなぁい~ッ!』

 

 

この艦娘が、後に紹介するアル重巡洋……じゃなく重巡洋艦のポーラである。

 

 

『遠征する際に~持参したワインを全部飲み干してぇ、別のお酒を餌に僚艦から散々扱き使われる~自分にぃ荒れていますぅ~ッ! Dannazione!! 』

 

 

まだ互いに挨拶を交わしていない為、接していない。 寧ろ、今ので警戒されている始末である。

 

 

『ふむ、まずは……貴様が無事で何よりだ』

 

『あ、あれ……いつの間に此処へ~? まあ、いいかぁ。 はい、偵察の任務を果たしてきましたよぉ~』

 

『うむ、取り敢えず──』

 

『ふう~、喉が渇きましたぁ。 取り敢えずぅ、ラム酒を一瓶、忠実に任務を実行したポーラへ下さぁい~』

 

『御託はいい。 まずは状況の報告を優先しろ』

 

『Ma non e` democratico~!! (ひどい~!!) 』

 

 

ポーラからの要求を無慈悲に払うネルソン。 

 

だが、彼女の祖国は……かの主従の立場を弁えさせた大英帝国。 鞭を振り上げれば、次は飴を渡す。 その心に反抗心など湧き出さないように。

 

 

『余に結果を報告をする事は当然の責務だ。 だが、その前に、この艦隊のAdmiralへ挨拶を行え。 立場上、余達は援軍、Master( 主 )を立てねば、秩序が乱れる元だ』

 

『え~~~!? ポーラのラム酒がぁ………』

 

『代わりに、だ。 これは、余の取って置きのワインを渡す。 これを持参し、この艦隊のAdmiralと一緒に例の儀式を遂行するがいい』

 

『こ、これ……スパークリングワインッ!? えっへへへ~、Paese che vai, usanza che trovi(郷に入っては郷に従え)ですぅ! ポーラにどーんと任せて下さいぃ~!!』

 

 

ネルソンからしてみれば、艦隊という組織が出来ているのなら、自分達は部外者。 ならば、艦隊の長に挨拶と同時に、情報を共有するのは当然の責務だと、考えた故。

 

ついでに、このイタリアの小娘の酒癖を知って貰えれば、という悪戯心もあったのも不定はしない。

 

味方である駒の取り扱いを知るのも、一つの経験。 よき経験になればと、送り込んだまでである。

 

 

☆★☆

 

 

『───フッ、互いに互いを知り合うのは、酒を酌み交わす。 これ以上の外交手段、これ以下の付き合い方など、あろう筈がなかろう』

 

 

『酒を提供して、士気高揚と知己朋友を図るか。 まあ、悪くはない……………良くもないがな』

 

『肝心の提督、嫌々ながら相手しているみたいだけど………』

 

 

そんな一刀達の周りを遠回しに集まるは────かのネルソン。 そして、日向と瑞鶴。

 

ネルソンは上機嫌で首を何回も縦に振り、自分の作戦を自画自賛。 

 

だが、ネルソンとは対照的に、日向は思案するかの如く目を瞑り、瑞鶴は納得がいかない様子で、一刀達を見詰めているのだった。

 

 

◆◇◆

 

【 密謀 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗

 

 

実は、このネルソンの行いに瑞鶴達が、反対の意見を述べていた。

 

 

考えれてみれば分かるが、この艦隊の前方では、あの深海棲艦の大群と対峙している。 多種多様、如何な能力を持っているか完璧には分からない……未曾有なる災害。 

 

そんな相手に、長時間に渡り均衡を保てるわけがない、と。

 

 

しかし、ネルソンが獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

『先程、旗艦であるLady……Warspite (ウォースパイト)から通信が入った。 前方の軍勢に加勢し、有利な状況に押し上げていると。 このまま行けば、楽に戦は勝てるぞ』

 

『でも、それだけじゃ───』

 

『もし、新たな軍勢に加勢されても、頭である三本橋の小娘等は既に包囲網に絡め取られて身動きが出来ぬ。 それと同時に、この陣地には……余とポーラが居る!』

 

 

その自信に溢れた理由に、よく理解できない瑞鶴が首を傾げると、横に居た日向がボソッと呟いた。

 

 

『元帥直属艦隊………か』

 

『───知っているの!? らいでぇ……じゃなかった、日向さんっ!!』

 

『鎮守府に居た時に聞いた事がある。 深海棲艦の姫級さえ、圧倒的火力で葬る最強の艦隊だと。 各鎮守府で強者と言われる艦娘達を元帥が引き抜き、新たに編成したらしい』 

 

日向の言葉に驚愕の表情を露にする瑞鶴。 だが、日向は続きがあると言って、内容を進行する。

 

 

『まあ……別の噂では、ただの海外艦好きとか、癖の強い海外艦を鎮守府側が元帥へ体よく押し付けたとか、そんな話もある。 あくまで………噂だが、な』

 

『へぇ……………』

 

『………………』

 

 

黙るネルソンに日向は力なく笑うと──急に頭を下げた。 

 

思わず目を見張る二隻に構わず、日向は頭を下げたまま、よく通る声で静かに、だが心に染み入るように語る。

 

 

『だが、海外艦の力は………正直、有り難い。 私達の力では、万が一、包囲網を突破されると防ぐのは、不可能だ』

 

『………ヒュウガ………』

 

『だから、皆に成り代わり………頼む! あの心優しき提督と、私達を救おうと殿を務めた長門達を………どうか無事に護って………◯◯鎮守府へと帰還させて欲しい!』

 

 

 

★☆★

 

 

そんな会話が話される中で、ポーラと一刀の会話も終わりを告げようとしていた。

 

ポーラからの勧めを受けるが、当の一刀は口を付ける様子などは無く、代わりに出てきたのは……無慈悲なる拒絶の言葉。

 

 

『幾ら勧められても、飲む気など無い。 例え、元帥直属の艦娘からの──命令だとしてもだ!』

 

『えぇ~? 飲まないなんてぇ、勿体ないじゃないですかぁ~! それに、受けて貰わないと~!!』

 

 

この反応は予想通りと踏まえたポーラは、敢えて更に押しを強くする。 何回か押し通せば、必ずポーラからの誘いを受け、ワインを飲み干すだろうとの確信を持って。

 

何故なら、この国には不思議な風習があり、《 やって欲しい事を敢えて拒否し、それを繰り返したのち強制的に実行する のが御約束 》だと聞いていたからだ。 

 

確か、謙譲の美徳とか、言っていた事を思い出す。 

 

ポーラとしては、まどろっこしいくて不便だと思うが、この国の様式美ならと仕方ない話と割り切っていたが。

 

 

『( ザラ姉さまが……確か、そんな事を言ってましたねぇ。 でも、ポーラがやったら~ザラ姉さまにガチで殴られましたぁ。 飲むなと散々言われたから、飲んだのに~ )』

 

 

ポーラの姉である《 Zara級 1番艦 重巡洋艦  Zara due(ザラ) 》から、酒を飲み過ぎるなと何度も注意され、その度に鉄拳制裁を受けた過去を思い出す。

 

 

『( 謙譲の美徳って何でしょう~? ザラ姉さまに言い出そうとすれば、Orco(鬼)のような形相を浮かべてきますし~ )』

 

 

そう考えたら殴られた箇所が痛くなり、慌ててグラスを一瞬だけ見たら、痛みは霧散。 不愉快な痛みも無くなったので、直ぐさま反らし、妖しく輝いた酔眼を一刀に定めた。

 

たまに光る戦場の閃光に反射し、一刀の持つワイングラスが、中身のワインを色鮮やかに変えていく。 

 

戦場の一部とは思えない情景の映える最中、一刀が小さく呟く。 それは、一刀からの相互利益の提案。

 

 

『提督である俺が、君の誠意を理解した。 つまり────分かるな?』

 

『え? えぇぇっ~と…………………あっ!!』

 

 

猛烈なポーラの押しに対し、一刀は対応するべき案件を努めて考慮した結果、そんな問いを掛ける。

 

ポーラはキョトンとしていたが、意味が理解できると目をキラキラと輝かせた。 

 

 

『君が艦隊へ臨時に入る事を、提督である北郷一刀が認めたんだ。 だから、こんな高いワインを俺に飲ませる必要は無くなった訳だ。 そうなれば、必然的に────』

 

『そうするとぉ~、このスパークリングワインはぁ………全部ポーラの………フフ、フフフフ……フフフフフ♪』

 

 

その言葉を聞き、目尻が下がった表情を更に緩くしたポーラは、右手に持っていたワイングラスをグイッっと飲み干すと、静かに床へ置く。

 

そして、左手で持っていたワインボトルを口に持っていくと、幸せそうにラッパ飲みで呷(あお)った。

 

 

こうして、援軍が到着し、戦局が新たな局面に動き出す。

 

一刀達が率いる艦隊は、更なる編成を重ねて、攻撃する機会を今か今かと窺い始めるのだった。

 

 

 

◆◇◆

 

【 策士 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗

 

 

『…………………大丈夫かしら?』

 

 

巻き毛の金髪美少女は、一緒に来た華佗と、赤き艤装の艦娘に問い掛けるように声を発した。 

 

場所は、船首より離れた右舷。 左右が通路になっている為、近付く第三者が見付けるのには都合がいい所だ。

 

そんな言葉に艦娘と華佗は、其々の回答を返す。

 

 

『艦娘達は……居ないな。 寧ろ、私達を気に掛ける余裕など、この状態では無い筈だ』

 

『多分としか言えないが、大丈夫だろう。 往診を理由に離れたんだ、心苦しくはあるが……当分は誤魔化せる』

 

 

彼女から発した何気無い言葉に、艦娘は周辺の警戒、華佗は隠蔽の発覚を危惧したからだと、そう思ったからだ。

 

 

しかし、彼女が心配したのは、別の理由。

 

 

『二人とも、見当違いしているけど、私が心配しているのは───』

 

『(華琳様、お待たせしまい申し訳ありません)』

 

『………どうやら、来たみたいね』

 

 

空に声が響くと、華琳と呼ばれた彼女の直ぐ側へ光が集まり、人の姿を取ると恭しく跪いた。 

 

三国の内、魏王として立つ為政者、曹孟徳《真名……華琳》に。

 

 

『────待っていたわよ。 貴女達の事だから、必ずやり遂げてくれると信じていたけど』

 

 

その様子を見た華琳は、思わず口元を僅かに綻ばせる。 

 

少女が危惧していたモノは、とある人物達。

 

 

『ああ……華琳様、冷ややかな表情で此方へ向ける御顔も実に美しい。 しかし、それに反するかの如く私達を案じ憂いを含む言葉遣い。 そんな相反する華琳様に、この私は──』

 

 

  ─────プハッ!

 

 

何かを押し出すような擬音を出しながら甲板に倒れ込み、白目になりつつも恍惚の笑みを絶やさない、眼鏡の少女。 

 

 

  その名は────郭奉孝 《 真名……稟 》

 

 

『───ったく。 鼻血が出ない身体なのに、無茶しやがって……』

 

『これこれ、それが御約束事なのですよ、宝譿。 はい、稟ちゃ~ん、トントンしましょうねぇ~』

 

 

頭の上で喋る奇怪な人形( 宝譿 )と言葉を交わし、倒れた眼鏡の少女を看護する、金髪の幼い外見を有す不思議なる少女。

 

 

  その名は────程仲徳 《 真名……風 》

 

 

彼女達は、かの三國の時代、他国の名高き謀将達が奸知術数を渦巻かせる中、この暗闘を激戦の末に制した、魏王が誇る幕下の軍師達である。

 

で、あるが…………

 

 

『……………私としては、かなり急いでいるのだけど?』

 

『華琳様~、稟ちゃんが聞いたら立ち直らせるのがめんど……じゃなかった、更に時が掛かりますからぁ、出来れば風に聞こえるだけで済まして下さいませんか~?』

 

『…………………………既に起きていますし、風の方が酷いじゃないですか! 今、確かに! 面倒という言葉を! 言い直しましたねッ!?』

       

 

鼻血まみれになりながら、不貞腐れた顔で風をジト目で睨む稟であるが、指摘された風は知らぬ顔。

 

だが、風の頭でチョロチョロと動く宝譿が、黙る風の代わりに言葉を返した。

 

 

『嬢ちゃん、天の国じゃあ、面、胴、小手、突きって言葉があってな……』 

 

『何ら脈絡の無い言葉を出して、誤魔化せると思うのですかッ!!』

 

『二人共、いい加減に止めなさい!』

 

 

この後、強制的に二人の漫才?を終わらせた華琳は、命じていた戦場の調査、そして其々の考察を報告させた。

 

 

『今、敵対勢力と一刀達の間に、私達が割り込んでいる状態だけど、相手の動きはどうなの?』

 

『はい、敵は戦術的な考えは少なく、兵の数を頼みに前面へ集中させ、一刀殿達を押し潰さん構えを変えておりません。 また、将も後方に位置し動きは無いようですね』

 

『我が魏軍は一時劣勢に立たされましたがぁ、お兄さんの仲間らしい人の援護で持ち直し、同時に蜀軍、呉軍の奮戦もあって、今のところ~此方の策通り進んでいま~す』

 

 

聞く限りならば、三国の将兵を有する一刀側の勝利は確実。

 

数を頼みに襲い掛かる軍勢など、ただの烏合の衆。 『多算勝、 少算不勝』の言葉も示す通り、歴戦の三國の将兵にとって、負ける方が難しいだろう。

 

だが、華琳は引っ掛かりを覚えて、風たちに問い掛けた。

 

為政者の危険予知とも言える、ある言葉尻に反応した故。

 

 

『今のところは……ねぇ。 それだと、この戦局は変えられる何かを、相手は持っていると?』

 

『確証は無いです~』

 

『はい、私達も初めて訪れた地ですので、何かあると言うことしか掴んでおりません』

 

 

問い詰めるような鋭い華琳の言葉に、定かとは言い切れない敵からの強烈な反撃があると、軍師達は語る。

 

だが、此処は………見渡す限りの大海。 それは阻む物が無い為に、限りなく遠望を可能とする平たい場所。 だから、敵影が見れれば、それなりの対処が可能だ。

 

 

『根拠となる理由は?』

 

『呉軍の兵からの注進ですね~。 秋刀魚なる魚の動きが変なんだそうですよ~』

 

『…………さんま?』

 

 

風より語られた話の内容に、思わず首を傾げる華琳。 秋刀魚なる単語に聞き覚えがなかったからだ。

 

風の説明に補足するかのように、稟が口を挟む。

 

 

『呉の国では、一刀殿の予見により発見された、秋刀魚なる美味なる魚が大海で取れるそうです』

 

『…………………聞いてないわよ。 そんな事……』

 

『確か、風達が報告していると…………』

 

『そんな大事な話、報告があれば………風! これは、どういう───』

 

 

稟の言葉に、華琳は大層な御立腹。 

 

料理人としても高名で、何事も探求心が強い彼女だから、新しい食材と知れば、必ず手に入れたいと欲するとのは当然。

 

しかも、あの一刀が呉に情報を流しながら、魏の王である自分に知らせないという歯痒い思いもある。

 

そんな中、華琳が風より事情を尋ねようと叫ぶ。

 

 

『────ぐうぅ』

 

『『 寝るなッ!! 』』

 

 

うつらうつらと狸寝入りしていた風を、華琳達が叩き起こす。 勿論、本当に寝ていないので、直ぐに起きたが。

 

 

『…………おおぅ』

 

『風、これはどういう───』

 

『すいませ~ん、華琳様に報告したかったのですがぁ、許昌は遠いのでぇ、生物の運送が難しかったようです~』

 

 

華琳からの問いに、風は魚という生食の運用方法に欠陥があると応える。 

 

許昌から建業からでも距離は凡そ八百㌔近く、荷物を持って向かえば、一ヶ月は欲しい。 当時を考えれば、冷蔵庫も、車や電車、飛行機も無いから無理な話である。

 

 

『ならば、生ではなく乾物とかにすれば───』

 

『それに~、この魚は大量に取れて呉の民達が好む品ですのでぇ、華琳様のお口に上げるのには、色々と憚られたのですよ~』

 

『─────!?』

 

 

それを聞いた華琳が当然のように代案策を出せば、風は呉国の民達が好む嗜好、そして献上による漁獲量の影響を、暗に指摘したのだ。

 

国や民の平穏を大事にする華琳にとっては、自分の影響で困窮の種になるのは我慢ならないこと知っている故に。

 

 

『それですのでぇ、報告して逆に華琳様が失望されてはと思い、敢えて報告を取り下げましたぁ~』

 

『……………………』

 

 

それらの理由を述べると風は軽く謝罪、華琳は腕を組んで暫く考えた。 

 

確かに、魏王として、料理人として、一刀が教えた食材は、是非とも手に入れたいと渇望する物だ。

 

たが、遺憾ながら幾ら怒っても、あれから千年以上も前の話。 今更蒸し返すのも、覇王の沽券に関わる。 

 

それに、込み入っている事態もあるが為に、やむを得なく、本当にやむを得なく、納得するしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

『だけどよぉ…………』

 

 

 

風の頭上で何時ものようにジッとしていた宝譿が、急に反対側へ振り向き、小さな声で呟いた。 

 

華琳達に聞こえないように、宝譿が誰かに向けて喋るが、不思議な事に、此処には誰も居ない。

 

風自身は何をしているかと言えば、不貞腐れる華琳と、その姿を見て思わず鼻を押さえつつ慰める稟、この二人を静かにボーと眺めているばかりだ。

 

 

『これは、ここだけの話だぜぇ。 実のところ、呉からキチンとした報告と、干した魚の現物も丁寧に送られて来てたんだけどなぁ、これが………』

 

 

だが、独り言を語る宝譿は、まるで風とは別の生き物如く、顔に薄らっと笑みを浮かべた。

 

 

『報告が上がって来た時、誰かさんが思わず嫉妬してぇ、誰かさんが面倒事を嫌ったからぁ、思わず誰かさんが鼻血出して倒れている隙に、報告するのを勝手に止めたのさぁ~』

 

 

その内容は、華琳を納得させた筈の……裏話。 しかも、真実を知る者からの、唐突な情報提供。

 

 

『勿論、呉王にも了解済みだぜぇ。 料理のれぱーとりーをこれ以上増やされたくないだろうって話したら、納得して手を結んでくれてさぁ~』

 

 

『他の魏の将軍や蜀にも、アレコレ手を回してぇ口を封じたから、今までバレなかったんだけどなぁ~』

 

 

まるで、完全犯罪を自慢する悪人の如く、自分の掌で全て踊らせた事実を、そう告白したのだ。 

 

 

『勿論、干した魚は一刀一号達と美味しく頂いたけどなぁ。 おっと、この件は………俺と、お前達だけの秘密だぜ』

 

 

宝譿は話の最後にそう言うと、上機嫌な表情を見せてから、思い出したように、ポツリと一言。

 

 

 

 

      『絶対に………チクるなよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

────再度、言っておくが、此処には誰も居ない。

 

 

 

 

 

    ───否、これを見ているのは───

 

    ───目の前に居る、提督諸兄───

 

 

 

 

 

 

 

 

      ───アナタだけである───

 

 

 

 

 

 

 


 
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