No.1003984

真・恋姫†無双異聞 皇龍剣風譚Re-imagination 幕間 星の一秒 前編

YTAさん

 どうも皆さま、YTAです。
 今回の投稿はエピソードと言うよりも、私が自分の作中に於いて正史と外史をどう解釈し扱うつもりでいるか、そして私の作品に於いての敵とは何か、と言う事についてを、今後の展開の鍵となる場所や人物の登場と合わせた説明回と言える物です。
 小難しいやり取りもある為、もしかしたら肌に合わない方もいらっしゃるかも知れませんが、世界観のバックボーンの概要は、この前後編でほぼ描き切っていると思うので、ここを抑えてさえ頂ければ、今後のエピソードも比較的すんなり(私の筆力不足の場合は別にして)読んで頂けるのではないかと思います。
 この前編は主に、正史と外史についてです。
 お気に入り登録、評価、感想など、大変励みになりますので、お気軽に頂ければと思います。では、どうぞ!

2019-09-08 08:07:14 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:1805   閲覧ユーザー数:1664

                   真・恋姫†無双異聞 皇龍剣風譚Re-imagination

 

                         幕間 星の一秒 前編

 

 

 

 

 

 

「大事なお話があるから、ご主人様と王様たちに一緒に来て欲しいのぉん♪」

 定例の三国会議が終わり、北郷一刀が三国の王たちと雑談を交わしていると、ピンクのブーメランパンツ一丁でクルクルと舞い踊り、スキンヘッドに揉み上げをおさげに結い上げた筋肉ダルマという完全無欠の変態が突如として謁見の間に乱入し、そんな事を(のたも)うた。

 

 眉間に凄まじい縦皺を刻んで固まる曹操こと華琳、引き攣った笑みを浮かべて冷や汗を流している劉備こと桃香、額に手の甲を当てて気を失う孫権こと蓮華。

 これで、他の文官や武官たちも彼(彼女?)と初対面の者たちばかりであったなら阿鼻叫喚の大騒ぎになっていたかも知れないが、一刀を含めて、なんやかやと都の街では世話役として知られている貂蝉と知り合いで真名まで許した者が多かった事もあり、混乱は直ぐに収束した。

 

 とは言え、流石に貂蝉の言葉に対する返答は保留されたままであったが。

「大体にして―――」

 どうにか平静を取り戻した華琳が、白魚の様な指で蟀谷(こめかみ)を揉みながら、深い溜息を吐いた。

「一般人が……まぁ、差し当りは“一般”人と言う事にしておくとして、どうやってこの城の奥深い謁見の間まで、衛兵に止められもせずに入り込めたのかしら?」

 

「あらん、曹操ちゃんてヴぁ、そんなの愛の力に決まってるじゃな~い?」

「……答えになっていないわよ」

 華琳が、額に浮いた青い筋をひくひくと痙攣させながら、それでも意志の力を総動員してそう言い放つと、一刀は乾いた微笑みを顔に張り付かせて、華琳を宥めようと試みる。

 

「いや、何て言っていいのか分かんないけどさ、華琳。こいつはそう言う、神出鬼没の存在だとでも思っておいた方が良いと思うよ、精神衛生の上でもさ。その、華佗も信頼してるみたいだし、武官や文官の中にも仲良くしてる連中は多いし……もしもコイツが俺たちに害を成そうとしてるなら、とっくにもっと酷い事になってるんじゃないか?」

 

 

「だからと言ってだな、北郷。この様な正体不明のへんた――もとい、一般人に、おいそれと君主方の身柄を預けられる筈もなかろう。それに、お前は何故、こやつに『ご主人様』などと呼ばれているのだ?」

 周瑜こと冥琳が、手巾で眼鏡を拭きがてらそう言って、自分の影に隠れて震えている蓮華を見遣る。

「いやまぁ、俺にもなんでそう呼ばれてるのかは分からないし、冥琳の話は一々、尤もだけどさ」

 

 一刀は、冥琳の正論に深く頷いた。そもそも一刀自身、貂蝉に着いて行きたいと思っている訳でもないのだ。

「別に、お外に連れ出そうって言うんじゃないわん。何だったら、お城の庭とかだって構わないわよん」

 貂蝉はそう言って、クイっと腰を捻り、熊でも卒倒しそうなウィンクを投げて見せる。

 その言葉を聞いた夏侯惇こと春蘭は、貂蝉が乱入して来た時点で既に気絶していた荀彧こと佳花を片手で猫のように軽々と引っ掴みながら、呆れた様に頭を掻いた。

 

「なんだ、その言い草は。それなら、此処でも構わんと言う話になるではないか。わざわざ華琳さまにご足労を願う様な事でないのなら、此処で済ませろ、此処で」

「いやん♪春蘭ちゃんたら、セッカチさんなんだからん。確かに、極論を言っちゃうとココでもイイけど、他人の目とか後始末とか、色々と面倒なのよネ。少し開けていて、余計な他人の目が無い所の方が良いのよ」

 

「ますます以って意味が分からんぞ」

 春蘭がそう言って凛々しい眉を(ひそ)めると、孫策こと雪蓮がケラケラを愉快そうに笑った。

「そりゃそうよ。貂蝉なんて、そもそも存在自体が意味不明なんだから」

「あら!花も恥じらう漢女に向かって、ヒドいわ、雪蓮ちゃんてヴぁ!アタシ、泣いちゃうわよ!」

 

「アハハ、ごめんね、貂蝉。でもまぁ、確かにアンタの言う事、聞いておいた方が良いかもね――ただの勘だけどさ」

「ふむ。雪蓮殿の勘、ですか。ともなれば、一考の余地はあるのでしょうが……」

 雪蓮の“勘”の精度をよく知る関羽こと愛紗が、それでも心配そうに、腰が引けそうな自分を叱咤している様子の桃香に視線を向ける。

 

 と、その様子を見ていた趙雲こと星が肩を竦めた。

「なに、心配はいらんとも、愛紗。貂蝉の人柄については、私が保証しよう。初めて会った時から他人の様な気がしなかったが、こやつならば、主や桃香さまに害成す様な事は決してせんさ。腕前の事も考えれば、返って護衛の心配をせずに済むだけ安心というものだ」

 

 

「むぅ……」

 愛紗は、天下に轟く曲者とは言え、幾多の戦場で背中を預けて来た戦友の太鼓判を無碍にも出来ず、唸り声を上げた。つまりは、消極的肯定、と言う事であるらしい。

 一刀は、場の空気は貂蝉の側に傾いて来た様子を察して、決を採る事にした。皆、多忙な身だ。どちらにせよ、さっさと終わらせるに限る。

 

「じゃあ、『行ってみても良い』って言う人だけで行くってのはどう?貂蝉も、それで良いだろ?」

「まぁ、アタシ個人としては、正直、どっちでもイイのよねん。ただ、後々の説明が楽になるだろうと思って、王様たちにも来て貰った方が面倒がないかもって考えただけだもの」

「だ、そうだよ。じゃあ行くのは、俺と雪蓮と――」

 

「気は進まないけれど、私も行くわ。春蘭たちが真名を許している位なのだし、ま、捕って食われはしないでしょう」

 そう言って、その内、溜息と呼吸の区別がつかなくなりそうな様子の華琳が同意を示すと、桃香も小さく手を上げた。

 

「私も行くよ。星ちゃんがここまで信頼してる人なら、間違いないと思うし」

「ん。じゃあ、蓮華はどうするの?私が代理って事でも、別に構いはしないけど……」

 雪蓮が、未だに冥琳に(すがり)付く事で漸く立てている様子の蓮華に微苦笑を浮かべながら水を向けると、蓮華は生まれたての小鹿の様に脚を震わせながら、それでも意地を見せる様に、冥琳の前に一歩、足を踏み出した。

 

「も、元々、王への請願だったのですから、先王である姉さまお一人を行かせて、当代の私が行かない訳には参りません!同行いたします!」

「あらん、流石は孫権ちゃん。凛々しくてステキよん♪」

「ひっ!?」

 

 蓮華は、貂蝉の強烈なウィンクに涙を浮かべながらも、どうにかよろよろと一刀の隣まで歩を進めて来た。

「か、一刀。その……」

「はは。分かってるよ、蓮華。怖ければ、俺の後ろに居て良いからね?」

 一刀が心から同情を込めてそう言うと、蓮華は申し訳なさと気恥ずかしさが()い交ぜになった様な表情を浮かべて小さく頷き、一刀の上着の裾を握って俯いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一言に『城の庭』などとは言っても、そこいらの児童公園などとは訳が違う。

 日本人に分かりやすい様に、現在は皇居と呼ばれている(かつ)ての江戸城に例えるならば、その中心となる|内壕《うちぼり》の部分、即ち、皇居と皇居外苑周辺だけでも約230ヘクタールに及び、更に俗な例えをすれば、東京ドーム約49個分にも相当した。

 

 城下町を含む外壕までを含めた総構は、千代田区と中央区のほぼ全域をカバーするほどで、正確な広さに至っては、曖昧なままだと言う。

 無論、今や中華の中心地として発展・増築が続けられているこの都の城も例外ではない。

 一度、『庭』に足を踏み入れれば、三国の文・武官たちが憩いを求めて集う東屋や庭園部分以外にも、手入れされた広大な敷地が広がっている。

 

「そうねぇ。この辺りにしようかしらん」

 貂蝉がそう呟いたのは、一行が城の庭の中央付近に位置し、茂みや木々が生い茂り、ちょっとした林になっている辺りにまで歩を進めた頃の事だった。

「随分と歩いたものね、まったく。本当に、お茶の時間までに帰れるのかしら?」

 

 華琳が呆れた様にそう言うと、どうやら貂蝉の放つ圧力にも慣れて来たらしい桃香が、同意を示して頷いた。

「そうだねぇ。どうせなら、お弁当を持って来た方が良かったかも。私、お腹が空いて来ちゃったよ」

「言えてる!良い天気だし、どうせならお酒も持って来ればカンペキだったわね~」

 

「もう、二人とも呑気なのだから……」

 桃香と、彼女の話題に乗ってクイと酒を飲む仕草をして見せる雪蓮を眺めながら、貂蝉と慎重に距離を取って歩いていた蓮華は、深い溜息を吐く。と、歩みを止めた貂蝉が華麗なターンで振り返った。

「お待たせしたわねん、みんな。ちょっと、この開けた辺りに、ひと塊になってくれるかしらん?」

 

 

「注文が多いなぁ、もう」

 正直なところ、桃香の意見に心から賛成したいほど空腹になっていた一刀が、愚痴っぽくそう言いながらも他の四人に目配せをすると、彼女たちも頷いて、それぞれに背を預けて円を作ってくれる。

「ありがとねん。それじゃ、えっと、どこにやったかしらん?」

 

 貂蝉はそう言って、あろうことか、おもむろに自分の股間に手を入れ、ゴソゴソと豪快に(まさぐ)り始めた。女性陣は目を覆う事すら忘れて茫然とその姿を眺めるしかなかったし、一刀に至っては、丸太の様に太い腕が肘の辺りまでブーメランパンツの中に納まっている事に対してすら、ツッコむ気力すら湧いてこない。

 

「ああ!あったわ!もう、いやあね。最近、忙しくて、すっかりお掃除するのを忘れちゃってたから――」

 貂蝉は、そんな五人の様子などどこ吹く風と人懐っこい笑顔を浮かべて、これまたおもむろに腕を引き抜く。するとそこには、龐統こと雛里が戦場で指揮を執る時に使っている指揮杖にどこか似た(などとは本人には口が裂けても言えないが)、ファンシーなピンク色のステッキが握られていた。

 

 どう見ても90cmかそこらの長さがある“それ”が、どうやってブーメランパンツの中に納まっていたのかなど、考えたくもないところである。

「本当に、華佗を呼んで鍼を打って貰いたくなって来たわ……」

「まぁまぁ、深く考えたら負けだってば、華琳」

 

 一刀が、苦痛を感じている様な表情で目頭を揉む華琳を宥めているのを横目に、貂蝉は高々とステッキを天に掲げた。

「じゃあ、カワイコちゃんたち、ちょっと驚くかも知れないけど、心配しないでね!」

「もう十分過ぎる程に驚いているのだがな……」

 

 そんな蓮華の呟きを無視したのか、はたまた聴こえなかったのか。貂蝉は華麗にステッキをクルクルと回すと、五人の周囲を、円を描く様に舞い踊り出す。

「ふんふふ~ん♪ふふふんふふ~ん♪あ、そ~れそ~れ!!」

 奇妙な舞と奇怪な鼻歌、それがどれほど続いたのか。もうそろそろ、いい加減にツッコむべきかと一刀が考え出した時、周囲の視界が一転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃあ、こりゃあ……」

 眩暈を感じて瞼を閉じた一刀が、ほんの数秒で目を開けると、五人は、幅5m程、長さは25m程の、木で出来た橋の様な場所に立っていた。

 “橋の様な”と言うのは、それが川に架かっているのでも、谷の上に架かっているのでもなく、ただ黒い空間にポツンとあるだけであるので、本当に橋の役割を果たしているのか分からない為に、建造物としての形状からそうと判断するしかないからだ。

 

 橋の手すり部分には、等間隔で行燈(あんどん)が設えられていて、柔らかな光を湛えている。

 一刀には、全体の意匠が大陸のものと言うより、どこか日本のものに近い様に感じられた。

 そこまで思い至り、ハッとして左右を見る。

「みんな、無事か!?」

 

「ええ。おそらく、ね……」

 真っ先に返事をしたのは、やけの平坦な声の華琳だった。

「ご主人様、此処って一体……」

「参ったわね、これは……」

 

「一刀、周囲を警戒して。きっと、妖術の類に違いないわ!」

 続いて、桃香、雪蓮、蓮華の声が返事を返す。

「一体、どうなってんだよ、これ……」

 

 一刀は、一面の黒い空間を呆然と見詰めながら呟いた。

“これ”は、暗闇と言うには清廉に過ぎるし、虚無と言うには豊か過ぎる。上手くは言えないが、一刀にはそんな風に感じられた。

「気をつけてね、ご主人様」

 

 一刀が驚いて声のした方に視線を遣ると、橋らしき建造物の、自分達が居る所から反対の一端に、忽然と貂蝉が姿を現していた。

「“そこ”に落ちたら、帰ってこれなくなっちゃうかも知れないわ」

 どこかいつもと違う静かな様子の貂蝉の言葉に対して、蓮華が鋭い声を上げ、腰に佩いた南海覇王の柄に手を掛ける。

 

 

「貴様、やはり妖物の類だったか!私たちを斯様(かよう)な場所に閉じ込め、何を企てている!」

「違うわ、孫権ちゃん。確かにアタシは、正確に言うと人間ではないけれど、アナタ達を此処に招いたのは、閉じ込めたりする為じゃない。貴女たちと貴女たちの生きる世界、その全ての存続に関わる危機を知らせる為に来て貰ったのよん」

 

 貂蝉は、並みの兵士ならば腰を抜かしてしまいそうな蓮華の怒気を平静に受け流して、そう答えた。

 その言葉を聞いた華琳は片眉を吊り上げて、腕を組んで貂蝉を見据える。

「では、きちんとした説明をしてくれると言うのね?ならば早くなさい。私は、見た目ほど気が長くはないのよ」

 

「勿論よ、曹操ちゃん。まずはこの場所について話しましょうか。此処は、“外史の狭間”と言われる――そうね、ご主人様の世界と貴女たちの住む世界を繋ぐ場所よ」

「つまり、天の国とって事ですか!?」

 桃香が驚きの声を上げると、貂蝉は同意を示す様に大きく頷いた。

 

「ええ、そう考えて貰って構わないわん。もっと正確に言うと、ご主人様の世界を大河の本流とするなら、貴女たちの世界は、そこから数多く枝分かれする支流の一つなの。その合流地点に浮かぶ小さな中洲が、この場所と言う事になるのかしらね。私たち立っている“此処”が――」

 貂蝉はそう言って両手を広げ、足元に浮かぶ橋を示す。

 

「橋の形をしているのは、アナタたちが理解しやすい形に抽象化してるからよん。世界中の創生神話で、天の浮橋とか、大マンダラ山とか、巨人の骨とか、多種多様な伝わり方をしているけど、総じてその様な役割を持つ場所ってコト。今、此処を維持してるのが卑弥呼だから、意匠は天の浮橋に寄っているし、そう呼んで貰った方が便宜上、都合は良いかもねん。ご主人様になら、この説明で概念を分かって貰えるかしら?」

「あぁ、何となくだけどね。じゃあ、この“黒いの”は――」

 

 一刀が、自分達の頭上と周囲を覆う漆黒に目を遣ると、貂蝉は、どこか物悲しい目をして、同じ様に視線を投げた。

「えぇ、そう。混沌(ケイオス)大きく開いた淵(ギンヌンガガプ)、乳海……“そう言った様なモノ”だと思って貰えれば間違いないわね。形を得て外史と成るもの、想念のまま形を得る事なく、消滅するまでただ揺蕩(たゆた)っているもの――全ての存在と質量が曖昧な暗黒物質(ダーク・マター)よ」

 

 

「ちょっとちょっと!一刀ばっかりズルいわよ!私たちにも分かる様に説明してよね!」

 一応の危険はない事を理解したのか、それとも、勘でそれを察していたからか。他の三人よりは余裕のある口振りの雪蓮が頬を膨らませてそう言うと、一刀は曖昧な笑みを浮かべて、如何にか適切な言葉を探し出そうと首を捻った。

 

「えっと、そうだな。皆の所にも、“世界が生まれた時”のお(はなし)があったよね。確か、さんこうこうごてい?とかバンコ?とかが出て来る……」

 一刀が、読み書きの練習がてら軍師たちから勧められた書の一つに記されていた神話を思い出してそう言うと、華琳が一つ頷く。

「史記の三皇五帝と、盤古開天闢地(ばんこかいてんびゃくち)の神話ね。その真偽は兎も角、成程……では、この漆黒は神話に語られる“(タオ)”だと、貴方は言いたいのね?天地を成す源となった、“卵の中身の様なもの”と記されている存在であると」

 

 一刀が、華琳の理解力の早さに何時もながらの空恐ろしさを抱きながら頷くと、他の三人はそれぞれに唸る様な声を上げ、茫然と空間を埋め尽くす漆黒を見遣った。

「貂蝉、お前は一体……」

 一刀が畏怖を覚えながら貂蝉を見遣ると、巨漢は努めてそうしようとしているかの様に明るい声で腰をくねらせた。

 

「だぁいじょおぶよん、ご主人様!直ぐに“思い出す”わ!さっ、行きましょ――と、その前に」

 貂蝉は一行の前に、自分の右手を差し出した。その手の中には、四組の布で出来た輪が握られている。

「王様たちは、これを腕に付けておいてね」

「なによ、コレ?」

 

 雪蓮が、道に落ちている物を拾い上げるかの様に、恐る恐る指で“それ”を摘まみ上げると、貂蝉はニッコリと微笑んだ。

「ここから先は、更にご主人様の世界と貴女たちの世界の境界が曖昧になるから――そうね、さっきの説明に合わせると、貴女たちと言う支流に生きる存在が、ご主人様の世界という本流に呑み込まれてしまわない為の命綱、とでも思って貰えば良いわ」

 

「へ~」

 雪蓮が疑わしそうに腕章をヒラヒラと揺らすと、一刀の目に、そこに書かれた『外来者(ビジター)』と書かれた文字が見えた。

 一刀が、なるほど言い得て妙だと納得していると、桃香が引き攣った笑みを浮かべた。

 

 

「えっと、因みにそれって、どこから出して――」

「止めて、桃香!」

 蓮華は鋭くそう言って、姉に倣い、嫌々と腕章を摘まみ上げた。

「どの道、従わなければいけないと言うのなら、知りたくないわ……」

 

「あ、あはは……そう、だね……」

「はぁ。帰ったら、湯の支度をさせなくてはね……」

 桃香と華琳も嘆き節を口にしながら、呉の姉妹の後を追ってそれぞれに腕章を摘まみ上げ、歯を食いしばる様にして、服の袖に括りつけた。

 

「みんな、ちゃんと付けた?じゃあ、行きましょうか」

 貂蝉が王たちの顔を見ながら確認すると、蓮華が疑わしそうに眉を顰める。

「さっきから、先に進むとか行くとか言っているが、一体、何処に行こうと言うのだ。大体、此処には――!?」

 

 『この“橋”以外、何もないだろう』そう言おうとした蓮華は、目を見開いて、貂蝉の背後を見詰めるしかなかった。

 先ほどまでは、確かに何もない漆黒で満たされていた“そこ”に、忽然と赤漆(せきしつ)で塗られた木製(に見える)の階段が現れていたからだ。

 

「やれやれ。一刀ではないけれど、いよいよこれは『こう言うものだと思って受け入れる』以外に納得する方法が無くなってきたわね。さぁ、さっさと済ませましょう」

 華琳はげんなりした様子でそう言って、スタスタと歩き出す。

 貂蝉は、その姿を一瞬、見詰めてから、華琳を追い越して一行の先導役を再開する。残された者たちは、お互いに顔を見合わせた後、慌ててその後を追って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 一行が階段を登り切ると、そこは板張りの床の広間の様な場所だった。広さは大まかに見て、30m四方ほどであろうか。

 だが、確かに、一刀たちが昇って来た階段に繋がっている面以外の三方には壁があり、一面に一枚ずつノブの付いた木の扉が設えられているものの、天井と言える物は存在していないので、頭上は相も変わらず漆黒に支配されていて、どうにも“部屋”と言う概念で捉えるには努力がいる不思議な空間だった。

 

 

 中央には煌々と辺りを照らす背の高い行燈が立っており、その下には、座り心地の良さそうな大陸風の揺り椅子を揺らしながら、品の良い黄褐色の三つ揃え(スリーピース・スーツ)に身を包んだアジア人と見える老人が静かに微睡(まどろ)んでいた。

 首には赤のアスコット・タイがボウ・タイ風に結ばれ、ベストのポケットからはシルバーの懐中時計の鎖が伸びていて、頭に被っているスーツと色を合わせた中折れ帽(フェルト・ハット)は、アイマスク代わりに小粋な角度で前に押し下げられている。

 

 椅子の意匠と合わせられたサイドテーブルには、牡丹の花をアールヌーヴォー風に彫刻した銀のティーセットが置かれ、その横には、黒壇(エボニー材)の板に鹿角を削った支えの建ったパイプ・スタンドの上に、龍の顔を(かたど)った海泡石(メシャム)製のパイプが鎮座している。海泡石がタールの茶色い光沢を帯びている所から、かなり使い込まれた年代物である様だった。

 

「遅かったな、ご主人様よ」

 一刀(おそらく王たちも)が、何処かの映画のワンシ-ンからそっくり切り取ってきた様なその光景に呆然と魅入っていると、すぐ横手から、やたらどダンディな声が聞こえてきた。

「卑弥呼?」

 

 一刀に名を呼ばれた声の主は、腕組みをして寄りかかっていた壁から身を起こし、小さく頷いた。

 長く伸ばした総白髪を左右で分けてサイドで瓢箪型に結い、口には立派なガイゼル髭。

 髪型と公家の様な眉は大まけにまけるにしても、首から下がまともであれば、さぞやこの場所に映えただろうロマンスグレイであるのに、実際の姿たるや、筋骨隆々の巨躯にマイクロビキニ、しかもその上に襟の立った燕尾服を纏うという、言葉にするのも恐ろしい組み合わせだ。

 

 既に顔見知りの雪蓮はヒラヒラと手を振って挨拶をしているが、他の三人は、最早リアクションをする気力も失せた様子で頬を引き攣らせるばかりだった。

「お前も、俺達に話とやらがあるのか?」

「左様。しかし、まだ“始まって”おらぬようだな。まぁ、話はそれからの方が良いだろう」

 

「おいおい、まだ引っ張る気か……よ……!!?」

 一刀が、卑弥呼の要領を得ない答えに意見しようとすると、突然、世界がグラリと歪んだ。

「あ、うううぅ!!!!」

 酷い宿酔いにも似た感覚はほんの一瞬。違和感は、あっと言う間に頭が破裂しそうな凄まじい激痛となって脳髄を駆け巡り、一刀は堪らず地面に膝を着いて絶叫した。

 

 

 様々な映像(ヴィジョン)が頭の中に浮かんで、いや、湧き上がって来る。

 銅で出来た鏡、冷たい目をした美しい少年、愛紗、鈴々と共に黄巾党に立ち向かっている自分。

そこに、桃香の姿は無い。

 

「うぅ、こ、れは――うああああ!!?」

「ご主人様!?」

「一刀!」

「ちょ、一刀、大丈夫!?」

「どうしたのだ、一刀!!」

 

「ふむ、始まったか」

 のた打ち回る一刀と、驚きの声と共に駆け寄る王たちを見下ろしながら、卑弥呼が呟く。

 貂蝉は祈る様に指を組んで、心配そうな眼で一刀を見詰めるばかりだ。

風、稟、星、香風――華琳、春蘭、秋蘭――大きな月の照らす小川の(ほとり)で肩を震わせる、後ろ姿の華琳。

 

「ぐぁぁぁぁぁ!!」

 雪蓮、祭さん、冥琳――額に矢をめり込ませ、仁王立ちになる炎蓮さん、血の気を失った顔に壮絶な気迫を(たぎ)らせて兵を鼓舞する雪蓮。美しい唇から絹糸の様に細い血を流し、自分の腕の中で静かに微笑みながら冷たくなっていく冥琳。

 沢山の子供達に囲まれている自分。

 

「記――おく?俺……の!?」

 どれ程の間、そうして転がり回って居たのだろう。

 意識を取り戻した一刀の眼の前には、皺だらけの手に握られた銀製のティーカップがあった。

「水じゃよ」

 

 優し気なしわがれ声がそう言うと、カップを口に近づけてくれる。

 一刀は、無我夢中でその手にしがみつき、喉を鳴らして中身を飲み干した。

「落ち着いたかね?」

「うん、ありがとうございます―――」

 

 そう言いながら見上げると、そこには先程見かけた老人の顔があった。

 若い頃はさぞ美男子だったのだろうと推察させる整った目鼻立ちで、皺に埋もれた瞼の奥の瞳には、優しく深い光を湛えている。

 一刀はその時になって初めて、老人のワイシャツの袖から覗くカフスが、紅玉を守る様に円を描く黄金の龍である事を見て取った。

 

 

「良かったよぅ、ご主人様ぁ!!」

「桃香……」

 一刀は、涙を浮かべて自分の胸に飛び込んで来た桃香の頭を撫でると、床に座り込んでいる自分を心配そうに覗き込んでいる華琳・雪蓮・蓮華の顔を、順に見遣った。

 

「意識はしっかりしていて?貴方、急に苦しみ出して倒れたのよ?」

「ありがとう、華琳。もう大丈夫だよ」

「もう、ビックリさせないでよね。まだ胤も貰ってない内に種馬が頓死とか、話が違うんだから!」

「ごめん、雪蓮。あのさ、炎蓮さんて、元気?」

 

「はぁ?さぁ……この前、手紙が来た時には、元気にしてるって書いてあったけど」

「そっか。じゃあ、冥琳って、どこか調子悪そうだったりしないよな?」

「なに言ってるのよ。冥琳なら、さっきまで貴方も会っていたじゃない。憎らしいくらいピンピンしてるってば」

 一刀は、怪訝な顔で自分の問いに応える雪蓮の手を握ってその温もりを確かめると、安堵の溜息を吐いた。

 

「うん、そうだよな。雪蓮も冥琳も、元気だよな。良かった……」

「一刀、本当に大丈夫なの?顔色も酷いし、まだ混乱してるんじゃ……」

 桃香の抱き着いている反対側から、一刀を支える様に寄り添ってくれていた蓮華が心配そうに眉を寄せて一刀の額や首筋に掌を滑らせ、熱の有無を確かめてくれる。

 

 程良くひんやりとしたその感触が、堪らなく心地良かった。

「まだ無理をせん方が良い。あれだけ多くの外史との“記憶の統合”があったのじゃ、相当の負荷が掛かった筈だからのぅ」

 老人はステッキの握りに僅かに体重掛けて立ちながら、一刀とそれを支える王たちに言葉を投げた。

 

「“記憶の統合”……じゃあ、あれはやっぱり、俺の記憶?」

「左様」

 今まで黙って事の成り行きを見守っていた卑弥呼が口を開く。

「今なら、私達が何者で、何でこの場所にご主人様を連れてくる事が出来たのか、分かるわよね?」

 

 

 

 貂蝉の問いかけに、一刀は眉間を揉みながら頷いた。

「あぁ、剪定者、肯定者――“思い出した”よ」

「思い出したとは、どういう事、一刀?」

 華琳が不思議そうに尋ねると、一刀はその視線を受けてから、『自分から話しても良いのか』という問いを込めて、一旦、卑弥呼と貂蝉に視線を移す。

 

 一刀は、二人が頷くの見て再び華琳に視線を戻し、それから、順に他の王たちの顔を見てから、言葉を選んで話始めた。

「うん。えぇと、そうだな。最初からだと……ほら、華琳とは初めて会った時に話をしたろ?胡蝶の夢って」

「ええ。覚えているわ」

 

「あれは荘子の思想を言葉にした例え話だけど、俺たちが今いるのは、あの話で言う所の夢の側の世界なんだ。言葉の通りにさ。ただ違うのは、その大本は誰か個人の夢だったとしても、その誰かが何らかの形――物語の本とかね。そういうものとして、大勢の人間の目に触れさせる事にした結果、それを見たり読んだりした人たちが、ある程度の共通認識の元に見る大きな夢になって、その想いから実体を持って生まれた世界なんだよ」

 

「それはつまり、私たちは一刀の世界の人間たちの見てる夢幻の産物だって言うワケ?私たちが感じて来たもの、成して来た事、人生の全てが?」

 雪蓮が、戸惑いを含んだ静かな表情を湛えながら一刀に問うと、一刀は勢い良く首を振った。

 

「違う。そうじゃないんだ、雪蓮。俺が言ってるのは、さっき話してた創世神話みたいなものなんだよ。最初の人間は泥から生まれたとか、大地は神様の身体から出来たとか、そういう話と同じような物なんだ。ただ、こっちの世界を生み出したのは、神様じゃなくて違う世界の国の人間たちだってだけ。一度、実像を結んだからには、もう夢幻なんかじゃない」

 

「そして、“其方(そなた)たちの英雄譚”を完成させる為に正史から外史に“呼ばれた”のが、この少年と言うわけじゃよ。文王と呂尚が出逢い、劉邦が蕭何と曹参の両名と出逢った事が、“英雄が英雄となるべく踏み出した物語の始まり”として語られる様に――其方らはこの少年と出逢う事で、物語の中に燦然と輝く英雄として語られるに足る器を得たのじゃ。お前たちの世界を作った人間たちは、その少年の存在を通して其方らの世界を見、其方らの生き様を愛した。例え触れること(あた)わずとも、健やかであれ、幸せであれ、華々しく生きてくれ、とな。だから其方らはこうして、大地に影を落としておるのさ」

 今まで黙って一刀の説明を聴いていた老人が、それを補足してくれる。

 

 

 

「私たちを好きになってくれた沢山の天の国の人達が、私たちの世界を作ってくれた……」

 桃香が、如何にか老人の話を飲み下そうと小さく呟いてから、首を傾げた。

「でも、どうしてそれを、ご主人様が知ってるの?天の国から来る前には覚えていて、落ちて来る時に忘れちゃってたとか?」

 

「いや。違うんだ、桃香……その」

 『以前、君が存在していない世界で一度、貂蝉に教えて貰っていたから』その事実を、どうやって目に前いる愛しい少女を傷付けずに説明したものか。一刀が逡巡していると、それを察しくれたらしい貂蝉が、助け船を出してくれる。

 

「あのね、劉備ちゃん。さっき、ご主人様の世界と貴女たちの世界を、川の本流と支流に例えたのを覚えてる?」

「え?あ、はい、勿論!」

「実は、貴女たちの世界は、初めて本流から分岐したものじゃ無いのん。ご主人様たちの世界の時間――つまり、本流の流れに沿って言うと、今の貴女たちの世界より前に本流から分岐された、貴女たちの世界にそっくりな支流があったのよ。その世界は、天の国の人々が、ご主人様という川を下る船を通して、その流れを見守られる時期を終えたわ。そうね、『皆は幸せに暮らしましたとさ、目出度し目出度し』という事ね。だけど――」

 

「汝らの物語を愛した天の国の人々……便宜上、彼らを『観測者』とするか。『神』なんぞではまさかあるまいし、それでは座りが悪すぎるであろう」

 卑弥呼が、貂蝉の言葉を引き継ぐ。

「その時、ご主人様と言う船の上から観測者たちが見た川は、まだまだ粗削りだったのだ。狭く流れが急すぎて、多くの魚や水棲生物が住む余地など無かったし、治水も行き届いておらぬので、僅かな雨が降れば、直ぐに決壊を起こしてしまいそうな箇所が山ほどあった。先ほど、このバカ弟子は、『目出度し目出度し』などと言いおったが、最後の最後で大瀑布に呑み込まれ、危うく転覆しかけた。貂蝉は、その時に事態を如何にか収拾する為に、“その世界に落とされたご主人様”に接触して事情を明かしておったのよ。そこまでして漸く、どうにかこうにか終端にたどり着いたという程、外史……支流としては危ういものであったのだ……しかし!」

 

 卑弥呼はそこまで言うとクワっと目を見開いて、大声を上げた。

「観測者たちは見た。住まう河と同様に若く粗削りながら、登龍の門に至らんとするが如く激流の中を力強く泳ぐ、美しい魚たちの姿を!!」

「相変わらず、声がデカいのぉ」

 老人が微苦笑を浮かべながらそう言うと、卑弥呼は「ご無礼を」と言って頬を染め、咳払いを一つして、再び語りだした。

 

 

「故に、観測者たちは願った。この美しい魚たちの為に、もっと広い川幅を、深く潜れる水底を、もっと多くの仲間たちが住める豊穣な川辺を用意してやりたい。思う様に泳がせてやりたい、と」

「でも、そこで問題が起こったのよん」

 貂蝉が、盛大に眉を寄せて、再び卑弥呼の言葉を継いだ。

 

「貴女たちの世界にそっくりだった支流の世界をそのまま治水したのでは、それぞれに適切な育成環境が違い過ぎて、全ての魚たちを龍に育て上げる事は出来ないという結論に達したの。だから観測者たちは、その支流を更に三つに分け、それぞれの水質に合った魚たちを移し、魚たち全てが無事に龍に育った時点で、再び三つに分けた流れを一つに戻す事にしたのよん」

 

「あ!それって、朱里ちゃんの!」

「然り。策士孔明の大計、天下三分を模したと言えよう」

「では、一刀はどうなるのだ?一刀が以前にも、似て非なる世界で私たちやお前と出逢っていたのは理解出来た。では、今の一刀はどうなっている?観測者とやらが一刀を通してしか私たちを見る事が出来ないのなら、一刀はその“以前の世界”?とか言う場所から、記憶を消されて来たのか?それで、都度、記憶を消されながら、三つに分かたれた世界を周って、今に至っていると?」

 

 蓮華が、豊かな胸の下で腕を組みながら困惑した様子でそう尋ねると、貂蝉は暫く考えた末に答える。

「そうね……ご主人様は船……そう説明したけれど、もう少し遡りましょうか。ご主人様は本来、とても大きな大樹だ、と考えてくれるかしら?」

「うむ、それが分かりやすかろうな」

 

 卑弥呼が貂蝉の例えに頷くと、貂蝉も頷きを返した。

「そう。本来のご主人様は、外史――貴女たちの世界の流れにただ一艘で漕ぎ出しても耐えられるだけの船を作る材木を切り出す為に選ばれた、大樹なの」

「我らはそう言った大樹と成り得る資質を持つ者を、“黄龍の器”と呼んでおる」

 

「黄龍……東西南北を守護する四匹の聖なる獣の長にして、その中央に君臨し、最高位の龍の証たる五本の爪と絶大な力を持つ、天子の象徴ともされる大地の化身ね。成程、『その世界を成立させる為に必要不可欠』という存在理由を鑑みれば、これほど相応しい例えもないでしょうよ」

 華琳はそう言って肩を竦めると、「続けて頂戴」と言って、ひらひらと手を振った。

 

「ふむ。そうして、ご主人様と言う大樹の枝から新たに削り出された三艘の船が、それぞれに違う支流へと送り出された。それぞれの水の流れ、川幅、風向きに、最も適切な“微調整”を施されてな。恐らく貴公らは、それぞれが共に過ごしたご主人様に対して、僅かに違う印象を抱いている筈だと、儂は思っておる。しかし、それらは真実、全てが本当のご主人様なのだ」

 

 

「そして、別たれた世界は、再び一つになった。だから、一気に三つの世界の自分を受け止めたご主人様が“こうなった”って事ですか?」

 桃香がそう問うと、卑弥呼はゆっくりと首を振った。

「それだけではない。先に説明した通り、此処は“外史の狭間”。時間も空間も超越し、正史と全ての外史をも繋ぐ場所なのだ。ご主人様は今、正史に於ける本来のご主人様、以前に一度、貴様らの世界の雛型となった世界に降り立ったご主人様、そして、お主ら三つの勢力のそれぞれの君主の元に降り立ったご主人様の、五つの自分の記憶、その総てを一身に受けてしまったが故に、一時的にああなってしまったのだ」

 

「成程ねぇ。だから、私たちはコレを渡して、一刀には渡さなかったって訳か。船である一刀ならちょっと揺れたって浮いていられるけど、水の中にいる魚の私たちがそのまま本流と支流が入り混じる此処に放り込まれたら、確実にそのままどっかに流されていっちゃうから」

 雪蓮が、自分の右腕に付けた腕章を眺めてそう言うと、貂蝉が頷いた。

 

「例えに沿うと、そう言うコトね。流石は雪蓮ちゃんだわん」

「大体は分かったわ」

 華琳は小さく頷いて、両の手首を腰に当てた。

「ただ、貴方たちが何者なのかと言う部分は、まだ説明されていないけれどね」

 

「あのさ、華琳」

 漸く調子が戻って来た事もあって、桃香と蓮華の手を借りて如何にか立ち上がった一刀は、支えてくれた二人に礼を言ってから、改めて華琳に向き直った。

「この二人は、俺たちが住んでる外史の世界の管理者――守護精霊みたいなものなんだよ。そうだな、本来なら俺なんかよりよっぽど、『天の遣い』って呼ばれるのに相応しい立場に居る存在――外史という概念を認め、見守る者。“肯定者”たちさ」

 

「そういう事。では、貴方がさっき呟いた“剪定者”と言うのはつまり、その逆――」

「あぁ。貂蝉や卑弥呼と同じ様に管理者だけど、外史の存在を認めず、その消滅を望み行動する者たちだよ。俺も細かい事までは知らないし、貂蝉や卑弥呼が言わないなら、それは知らない方が良いって事なんだろう」

 

「結構よ。これで、一刀が私たちの元にやって来た経緯、私たちの世界の成り立ち――ま、創世神話は言い得て妙だから、そう呼ぶとしましょう。そもそも私たちからすれば、天の国と伏犠やら女媧やらの違いなんて、大した差ではないのですからね。更には、“この場所”やそこの怪人物二人が成した妖術紛いの事象についても理解できた……と言う事にしましょうか、取り合えずはね。

 

 

 華琳は、一刀に向けていた視線をすいと卑弥呼と貂蝉に向けた。

「貂蝉、貴方は最初に言っていたわね。『私たちの世界の存続に関わる危機を知らせる為』に、私たちを此処に呼んだ、と」

「ええ、言ったわん」

 

「それは、人なる身に、|謂《い》わば神の摂理の一端を垣間見せてでも事態を納得させ、その上で警告を与えなければいけない程の、と言う事よね」

「そうよん」

「まったく――雪蓮、貴女の勘を恨むわよ」

 

「あは、どういたしまして♪」

 雪蓮が、華琳の皮肉に茶目っ気たっぷりのウィンクを返すと、老人が咳払いを一つして、一同の注意を引いた。

「さて――では、そもそもの厄介事の元凶じゃが、こちらに来て、“実物”を見てもらってからの方が良いじゃろう。案内しようぞ」

 

「ありがとうございます。ええと――」

 一刀がそう言って言葉を切ると、老人は「おぉ」と言って、帽子のつばを摘まむと、小さく会釈をした。

「これは失礼。儂はこの場所を預かる者で、(たま)の時に卑弥呼や貂蝉の相談役の様な事もしていてな。人からは、姬大人(き・たいじん)などと大層な名で呼ばれておる老い()れじゃ。見知りおいておくれ」

 

 老人は洗練された優雅な所作で自己紹介を済ませると、背広の内ポケットから磨き上げられた古めかしい鍵を取り出し、一行の居る空間の三方の壁にある扉の内の一つまで歩いて行って扉の鍵穴に差し込んで小さく捻り、再び鍵をポケットに戻してから扉を開けて、一行を手招きをした。

「こちらじゃ。階段になっておる。暗い故、足元に気を付けよ」

 

 姬大人と名乗った老人に続いて卑弥呼と貂蝉が扉の奥に消えてしまうと、一刀は四人の王たちと目配せをし合い、誰ともなしに全員が頷いたのを確認して、先頭になって扉を潜った―――。

 

 

                            あとがき

 

 今回のお話は如何だったでしょうか?

 オリジナル版を読み返してみて、やはりまだ構想が纏まり切っていない部分が多く、焦りや勢い任せな部分も非常に多い上に、物語の核心部分にクロスオーバー要素を突っ込むという愚挙をやらかしてしまっており、こりゃいかんぞと。

 結果、ほぼ書き下ろしとなったのですが……いざ書いてみたら、アホみたいに長くなってしまいまして(汗。

 

 オリジナル版もまぁまぁの長さだったので分けて投稿したのですが、それと比べてすら倍以上になってしまい、仕方が無いので今回も二分割にして微調整し、前・後編にしての投稿となりました。

 

 前書きでも書きましたが、私の作品の、後々明かされる構想になっているもの以外の細かい世界観設定やら何やらは、この前後編でほぼ語り尽くしておりますので、今しばらくお付き合い頂ければと思っております。

 さて、今回のサブタイ元ネタは、機甲界ガリアンED

 

 EUROX/星の一秒

 

 でした。

 二番は当時としては珍しい全英語詩だったりしますが、そんな珍しい所を抜きにしても素晴らしい名曲です。

 

 お気に入り登録、コメントなど、大変励みになりますので、お気軽に頂ければと思います。

 では、またお会いしましょう!

 


 
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