No.1003657

真・恋姫†無双異聞 皇龍剣風譚Re-imagination 第零・弐話 戦闘男児―鍛えよ、勝つために―

YTAさん

どうも皆さま、YTAです。
今回のオリジナル版は元々、wordにして4P分くらいの分量だったのですが、ちょっと肉付けし直そうと書き始めたら、なんかこんな感じにになってしまいました。
一連の初期作の再構成はもう少しサラっと終わらせるつもりだったのですが、この調子だと、まだ暫くは続くかも知れません。
頑張りますので、お付き合い頂ければ幸いです。
また、励みになりますので、コメント、支援ボタンクリックなど、お気軽に頂ければと思います。

続きを表示

2019-09-04 14:11:54 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:995   閲覧ユーザー数:902

 

 

 

 

 

 

 北郷一刀が渡米という選択肢を考え出したのは、防衛大学校の二年生になって間もなくの事だった。

 同期に、同じ剣道部に所属している村田伸介という名前の親子二代で幹部自衛官を目指している男が居て、彼の父親が陸海空の混成で作られたラグビーチームに所属していた時期があり、その時に在日米軍との親善試合を通じて知り合った海兵隊の士官と家族ぐるみの付き合いをしていると聞いた時だ。

 

 彼の話では、その士官の兄も、合衆国海兵隊の精鋭特殊部隊であるNavy SEALsの中でアメリカ西海岸を担当するチーム7に所属し、タスク・ユニットのコマンドまで務めた生粋の職業軍人でありながら、早々に退官して探偵事務所を立ち上げ、主に賞金稼ぎで生計を立てている変わり者なのだという。

 拘束時間が軍属ほど厳格で長くはなく、尚且つ近代兵器を扱う事も、現代の戦場と戦術を知り尽くした熟練者に教えを乞う事もでき、更には常に生存本能を刺激し続けられるという理想的な生活が手に入るかも知れないのだ。

 

 このチャンスを、絶対に逃がす訳には行かなかった。

 一刀は、村田とも随分と親しくなった三年の終わり頃になって、自分が既に任官辞退を決めている事、“ここ”を出た後はアメリカに渡ろうと思っている事を話し、ついては、いつか聞いた元軍人の私立探偵とやらに、雇って貰えないか打診して欲しいと頼んだのである。

 

 村田は、成績も良く周囲からの覚えも目出度い一刀が任官辞退を選ぼうとしている事に驚いていたが、神妙な顔で頼み込む一刀の姿に何かを感じたのか、父の友人の士官の息子、即ち、当の探偵の甥を介して連絡を取ると約束してくれた。

 その後、卒業までにも多くの事があったし、任官拒否の話を切り出した時は流石の 両親にも眉を|顰《しか》められたが、『海外で生活してみるのも良いだろう』と、最終的には頷いてくれた。

 

 無論、国の後ろ盾を捨てて、私立探偵だの賞金稼ぎだのと言った、日本では犯罪小説(クライム・ノベル)の中でしか存在していていない危険な個人事業に手を出す心算(つもり)である事は黙っていた。

 父親の仕事柄を考えても、それを持ち出したらまず穏便に国を出る事は出来ないだろう事は分かっていたし、流石に母とて許してはくれなかったろう。

 

 

 だがまぁ、当時の一刀は、もう随分と罪悪感には慣れていたのだ。

 そんな訳で、約束を守ってくれた村田のおかげもあり、一刀は卒業後した年の6月の初週には、カリフォルニアはロサンゼルス国際空港のタラップに降り立っていた。

 

 

 

 

 

 

「レイモンドだ。レイモンド・P(フィリップ)・ミッチャム。レイでもフィルでも、好きに呼んでくれ」

 一刀は一瞬、蟻の群れの様にごった返す人の波の中を迷う事もなく近づいて来て、すかさず大きな手を差し出して来た偉丈夫の言葉に面食らったが、その顔を写真で見たものと同じだと認識し、直ぐに笑顔を作って差し出された手を握った。

「初めまして。カズトです。カズト・ホンゴウ。短い名前ですし、カズトでもカズでも結構です、サー」

 

「俺はもう現役じゃない。サーも大尉(キャプテン)も付けなくて良いぞ。もう一度やったら、これからはお前をずっと曹長(サージ)と呼んでやるからな」

「分かりました、さ……いえ、レイ。あの、よく自分が分かりましたね」

「そりゃ分かるさ。お前さんの写真は見たし、軍人は軍人を見ればそうと分かるもんだ。お前さんの方もそうだったろ?」

 

「えぇ、まぁ」

 確かに、日焼けに慣れた肌やピンと伸びた姿勢、効率的かつ実践的な訓練をしていると見ただけで分かる引き締まった筋肉、均等な歩幅で踵からつま先に掛けてしっかりと大地を踏みしめる歩き方など、話し掛けられるまでの一瞬の間ですら、判別材料はいくらでもあった。

 

 しかしそれは、レイモンドが一刀に対して近づいて来たから自然とフォーカスされたのであって、何百何千という人間が一斉に動いている状態から見つけ出すのとでは、難易度は段違いだ。

 まして、サンフランシスコのアジア人の比率は全体の三割を超えていて、実際、二人の周囲には、多くの黄色人種が行きかっているのだから。

 

 

「さぁ、案内しよう。こっちだ」

 一刀が言われるがまま外の外に出ると、乾いた暖かい風が頬を撫でる。一刀は内心で、成程これが80年代のポップスの中で持て囃されたカリフォルニアの風かと独り言ち、小さく笑った。

 確かに乾燥していて程よく暖かいが、結局のところ、排気ガスの匂いは何処も大して変わりはしない様だ。

 レイモンドは、駐車場まで一刀を先導すると、モスグーリンのジープ・クラングラーに近づいて、ポケットからスマートキーを取り出してボタンを押し、バックドアを開けると、『荷物を入れろ』と身振りで示す。

 

 一刀は大人しく礼を言ってバックパックをそこに入れ、一歩下がって、レイモンドがドアを閉めるのを待ち、再びレイモンドが身振りで『乗れ』と指示を出してから、助手席のドアを開けて乗り込んだ。

「抜けないだろ」

「え?」

 

 走り出して間もなく、レイモンドはサングラス越しに愉快そうな視線を投げて、一刀を見た。

「クセだよ。一度、叩き込まれると、中々抜けないもんだ」

「はは、ええ。はい」

 どうやらレイモンドは、『上官』である自分に世話を焼いてもらっている間、一刀がどこか落ち着かない気分で居た事を言っている様だった。確かに、『上官』の前で命令がない時には、せめて直立不動で待機していないと気が気ではない。

 

 身体が、上官に「休め」と言われるのを待っているのだ。

それに、階級で言えば遥かに上の彼に車のドアを開けさせるのは、どうにも居心地が悪かった。

「娑婆に戻れば、その内に慣れる―――陸軍(ソルジャー)なんだって?」

「はい。まぁ、まだ仮免許みたいなものです――ご存じでしょうけど」

 

「あぁ、それでもエリートだ。どうして任官しなかったんだ?こっちに来て、賞金稼ぎなんぞをやりたいなんて言い出す位だ。別に腰が引けた訳でもないんだろ?」

「はい。守らなきゃ……いけないので」

「なに?」

 

 一刀は、『しくじった』と思った。他人からここまで明け透けにこの手の質問を投げかけられたのは初めての事だったので、特にそれらしい言い訳など用意せず、素直に言葉を口にしてしまった。

 レイモンドは、黙り込んだ一刀に僅かに視線を投げると、「少し寄り道でもするか」と言って、ウィンカーを出した。

 

 

「わぁ。此処、映画で見た事ありますよ!」

 世にも有名な、サンタモニカのパシフィック公園から海に向かってせり出すサンタモニカ桟橋(ピア)に立った一刀が感嘆の声を上げると、レイモンドは笑いながら、途中の売店で買ってくれたフラッペの一つを一刀に渡してくれたので、礼を言って極太のストローからそれを(すす)る。フレーバーはチョコレートだった。

「一つだけ訊かせろ、カズ」

 

 一刀を身振りでベンチに誘導したレイモンドは、共に座りながら、サングラスの奥から鋭い視線を一刀に投げた。

「何です?」

「お前は、不特定多数の誰かを傷つける為の経験を積みたくて、こんな仕事がしたいと言い出したんじゃないよな?」

 

「自分は、テロリスト志望じゃありません。ついでに言うと、若い女性の肌を剥ぎ取りたいとか、綺麗な目玉をコレクションしたいとかって言う欲求も、感じた事は無いですね」

「真面目に訊いてるんだ、カズ」

「自分も、真面目に答えている心算ですよ、レイ」

 

「……」

「……」

 場に似合わぬ、僅かに不穏な沈黙の後、レイモンドは溜息を吐いて、自分のフラッペを啜った。

「俺にはどうも、お前がピカピカの新兵には思えないな」

 

「よく言われます。面の皮の厚さだけは一人前だって」

「そうか」

「えぇと……自分は、自分の大切な人達を……愛してる人達を守る為に、技術と知識を学びたい―――それだけです」

 

「そうか」

 レイモンドは、これまた世にも有名なサンタモニカの夕日にサングラスを向けながら、それだけ言って再び沈黙した。一刀の視線の先を、屈託のない笑い声を上げながら、小柄な白人の少女が野生動物の様な俊敏さで駆け抜けて行き、それを追って、大学生ほどに見える|年嵩《としかさ》の少女が二人、ゆったりとした足取りで通り過ぎて行く。

 髪や瞳、肌の色も同じだから、恐らくは姉妹か従兄弟の可能性が高いだろう。

 

 

 

 一刀が少しだけ視線でその影法師を追いかけていると、年嵩の二人の内の一人が、鋭さと優しさの交じった声音で、「あんまり遠くに行っちゃダメよ!」と、小柄な少女に声を掛ける。

『あぁ、本当に』

 一刀は小さく溜息を吐いて、夕日の染める赤を締め出す為に目を瞑った。

 

 愛しい三人の義妹たちを、この美しい場所に連れて来てやれたなら。

 彼女たちが自分に施してくれた多くの愛情と信頼の何分の一か分だけでも、返せるのではないかと考える。

 桃香はきっと、今でも独りで夜中まで山のような書簡と闘っているだろう。愛紗はまた、ろくに休みも取らずに働き詰めに違いない。鈴々は遊び相手が減って、どんなに寂しい思いをしているだろうか。

 

「カズ」

 一刀は、レイモンドの声で目を開き、その顔に視線を向けた。

「良いだろう。明日からの半年間は、研修期間だ。みっちり鍛えて、使い物になる様にしてやる」

「ありがとうございます。さ……レイ」

 

「だが、一つだけ覚えておけ、カズ」

「?」

「もしお前が、俺の教えた技術で何の罪科もない人間を傷付ける様な事をしたら、その時は――」

 レイモンドは、銃に見立てた人差し指を、一刀の胸の中央に軽く押し当てた。

 

「俺が、お前を殺すからな」

「肝に銘じます。レイ」

 レイモンドは、神妙な顔で答えを返した一刀の様子に満足したのか、銃の形にしていた手を解いて、改めて差し出した。

 その手を握り返した瞬間に、一刀のアメリカでの生活は、本当の意味で始まった。

 

 

 

 

 

 

 それからの半年の、なんと多忙であった事か。レイモンドは文字通り、夜明けと共に一刀を郊外や自分の家のプールに連れ出して、徹底的にSEALs仕込みの基礎訓令を施してくれた。

 

 無論、レイモンドにも仕事がある為、彼が賞金首を狙って出掛けている間は、SEALs時代のレイモンドの右腕で、退役後もレイモンドの元で働いているジェイコブ・ベイカーという名の壮年の黒人男性が、一刀の訓練に付き合ってくれた。

 彼は名うての狙撃手(スナイパー)だったが、任務遂行中に右脚を撃たれて名誉除隊となったのだそうで、いつも僅かに足を引きずっていた。一刀は彼らと付き合う内、レイモンドが軍を辞めたのはジェイコブの為ではないかと思うようになっていたが、結局、彼らと別れる時まで、本人たちからその話を聞く事は()ぞなかった。

 

 

 彼との訓練は、レイモンドとは違った意味で刺激になった。映画やゲームなどでの一般的なイメージとは違い、スナイパーと言う人種は、社交的で協調性があり、頭脳明晰で優れた身体能力を有していなければならない。

 戦地の気候や地形の膨大な知識を駆使して、いち早く最適な狙撃場所(スナイプ・ポイント)まで見つからずに潜入し、小隊の進行や通信、標的の動きの観察から退路の確保までを一手に担うだけでなく、彼らの放った一発の銃弾がどこに当たるかで、仲間の安否や任務の成否が決定するからだ。

 

 ジェイコブは勿論、レイモンドが課しているカリキュラムを忠実に守って一刀を指導していたが、一刀が予想以上の成果を上げる様になると、“課外授業”と称して、自分の銃器のコレクションを一刀に貸し出して射撃訓練をしてくれたり、“座学”と称しては、ジャンクフードのランチを買い込んで郊外までドライブがてら、実践的な現場での知識を教えてくれたりした。

 尤も、一刀に煙草という悪癖を教えたのもジェイコブであったから、必ずしも良い事ばかりではなったと言ってもいいのかも知れないが。

 

 そうして半年が過ぎる頃、無事に『基礎課程修了』の免状(因みに、レイモンドの娘のメアリーの手作りだった)と共に、正式にM&B探偵事務所の社員となった一刀は、勤務時間外には、多くの特殊技能を学ぶ事に費やした。

 一刀もロスアンゼルスに住むことになって初めて知ったのだが、映画の都ハリウッドを有するこの街には、世界的な知名度を得られるアクション映画への採用を求めて、あらゆる種類の武術や格闘術のジムが立ち並ぶだけでなく、スタントマン達の養成所や、アクションスタントを自分でこなしたいと考えている俳優たち向けの個人レッスンを行う業者がいくらでもあったのだ。

 

 格闘術以外に一刀が特に好んだのは乗馬で、訓練だけでなく、単純に息抜きの為に赴く事もあった。仲良くなった馬と心地よく大地を駆けていると、西涼の娘たちの生命力に溢れた歓声が、どこかから聴こえて来る気がしたからかも知れない。

 そうして月日が流れ、一刀も一人前の調査員としてレイモンドやジェイコブの信頼を得る様になった三年目の夏、転機は突然にやって来た。

 

 

「嫌な予感はしてたんだよ」とは、後々、病院のベッドでジェイコブが口癖代わりに言っていた愚痴である。レイモンドが、デスクワークがメインのジェイコブにも同伴を頼んだ事もそうだし、普段は滅多に使わない45口径(フォーティーファイブ)のM1911A1や、ショットガンのレミントンM1100を(念の為に)持って行こうと言い出したのも、普段のルーティンからは逸脱した行為だった。

 

 有体に言ってしまうと、いつも通りの単純な、愚にも付かない保釈金踏み倒し犯(ベイルジャンパー)を捕まえるだけの仕事だった筈が、悪運が重なりに重なって、ギャング同士の撃ち合いの真っただ中に放り出される事になったのである。

 三人とも、そもそもが地力の違う元エリート軍人とは言え、相手は違法なMAC10サブマシンガンやアサルトショットガンのSPAS12で武装していた為、正に九死に一生の土壇場だった。

 

 当然の如く後の処理も面倒を極めたが、M&Bは品行方正で人死になど滅多に出さない優良企業であったし、レイモンドもジェイコブも一刀も、よく顔を合わせる事務官や判事たちとは良好な関係を築いていたので、十人近い死傷者を出した銃撃戦に巻き込まれた人間にしては、大分、融通を利かせて貰ったと言ってもいい。

 

 とは言え、一刀とジェイコブは肩を銃弾が貫通した他、レイモンドも含めれば、全身に到底20では利かない裂傷やら打ち身やらを頂戴する事になってしまったが、生きているだけで儲けものではあったろう。

 一刀が殆ど日課になっていたジェイコブへの見舞を終えて病院からリンウッド地区のアパートに戻り、自分も三角巾で吊った左腕に苦労しながら煙草に火を点けると(当時はキャメルを吸っていた)、ドアをノックする音が聴こえた。

 

「はい?」

「よう、俺だ。レイモンドだよ」

 一刀は、慌てて窓を開けながら返事を返す。

「レイ?ちょっと待って下さい。今、煙草臭いから!」

 

 レイモンドは、ジェイコブの喫煙癖を良く思っていない事を隠そうともしていないし、一刀を引き込んだ事にも(こちらは密かにだったが)お冠だったので、一刀はレイモンドの前では滅多に煙草を吸わなかったのだ。

「いや、今は気にしないで良い。それより、開けてくれないか?どうにもここ暫く、外でジッと立ってると落ち着かなくてな」

 

「そりゃそうでしょうね」

 一刀がそう言いながらドアを開けると、レイは未だに絆創膏を張った頬を綻ばせて、二つ重ねて持っていた特大のピザの箱を掲げて見せる。絆創膏とピザと言う組み合わせは、普段は精悍無比な印象の壮年の男性に、何処かイタズラ小僧の様な印象を与えていた。

 

 

「飯代は俺持ち」

「ビールは俺持ち、ですよね」

 一刀が笑顔でそう答えて招き入れると、レイモンドは勝手知ったる様子でダイニングテーブルの前まで行き、ピザをそこに置いた。

 

「アサヒしかありませんけど」

 一刀が冷蔵庫を開けてそう言うと、レイモンドから朗らかに答えが返って来る。

「大いに結構!『スゥパァドラ~イ』は好みだからな!」

 一刀が戯れに動画サイトで彼のビールのCMを観せて以来、何故かツボに嵌ったらしいレイモンド最新の持ちネタに、一刀は笑顔を浮かべてリトルトーキョーで仕入れて来たアサヒの半ダースパックから二本を抜き取り、残りを氷と水を入れたアイスピールに突っ込むと、キッチンカウンターの上に置いた。

 

「手伝って下さいよ。こっちはケガ人なんですから」

「アイアイ、曹長殿(サージェント)!」

 レイモンドは、ビシっと海兵隊式の敬礼をすると、大きな両手で全ての物を一度に掴み上げ、ダイニングテーブルに移してくれた。

 

 一刀は笑いながら、「ご苦労、大尉(キャップ)」と答えて敬礼を返すと、冷えたジョッキを二つ持って自分もダイニングテーブルに近づく、すると、レイモンドは尚もおどけて、“休め”の体制で顎をグイと引き上げて見せる。

「いえ、これもガンホーの精神でありますから、曹長殿!」

 

「もう止めて下さいよ、やり辛いなぁ」

 一刀が苦笑を浮かべてそう言うと、レイモンドは漸く“直れ”をして悪戯っぽく笑い、椅子に腰かけた。例の馬鹿騒ぎ以来、レイモンドはジェイコブや一刀に会うと、何時もこんな調子でおどけて見せる様になっていた。

 

 ジェイコブによると、「皆で生き残れて、嬉しいのさ。暫くしたら元に戻るとも」との事だったので、一刀は喜んで付き合う事にしていたのだ。

「そら、ケガ人、注いでやるよ」

 レイモンドがそう言ってプルトップを開けてくれたので、一刀は素直に礼を言ってジョッキを傾けた。

 

 

 

 

 ジェイコブが自分のジョッキにビールを注いで掲げて見せたので、一刀はそれに合わせて自分のジョッキをカチンと合わせた。

乾杯(チアーズ)

「乾杯」

 

「さぁ、敵はペパロニスペシャルとバジルシーフードだ。どちらから片付けるべきかな、曹長?」

「二面作戦を展開しては如何ですか、大尉」

「ふむ、四十を超えた俺にはちと厳しい手だが、お前の心意気を汲んで作戦を採用しよう」

「ありがとうございます、大尉」

 

 レイモンドと一刀は、思い思いにピザに手を伸ばし、むしゃむしゃと食べ始める。それから、すっかりピザを殲滅するまでに交わされた会話と言えば、レイモンドの「タバスコは?」という問いに、一刀が答えた「冷蔵庫ですよ。取ってきます」の二言だけだった。

「いやいや、食い過ぎたなこりゃ。今日は寝る前まで胸灼けとの持久戦を繰り広げなきゃいかんぞ」

 

「はは、帰りにでも、薬局で胃薬(Zantac)に支援要請を出しておいた方が良いのでは?」

「良い考えだ、カズ」

 レイモンドは、ニヤリと笑って、開け放たれた窓から流れ込んで来る夕暮れ時の風を心地よさそうに受けると、三本目のアサヒの缶を開け、直接口を付けて旨そうに流し込んだ。

 

「それでな―――」

 暫しの沈黙の後、ipodを繋げたスピーカーからレイモンドが好む80年代の流行歌が流れて来る中、彼は気が進まない様子で口を開いた。

「お前、もうそろそろ帰った方が良いんじゃないかと思うんだ」

 

「あれって、やっぱり俺が何か―――」

「違う。お前の仕事は完璧だったし、俺もジェイもそうだ。ただ、運が悪かったに過ぎないさ。だけどな、一刀。海の男と兵士は、昔から縁起を担ぐもんなんだ。その両方である海兵(マリーン)の俺やジェイに至っては、言わずもがなでな」

 

「俺が悪運を運んで来たって?」

「そうじゃない。“俺たちが三人で居る事が”悪運に好かれ始めてるんじゃないか、と思ってるのさ。考えてみろ、お前が来てからの三年、こんな事が今までにあったか?」

「いや」

 

 

 

「だろう。俺も、戦場じゃもっと酷い目にいくらでも遭って来たが、この仕事を始めてからは初めてだったよ。どうにも、潮目が変わった様な気がして仕方が無いんだ」

「じゃあ―――」

 一刀は、ipodの中の若き日のスティーヴィー・ワンダーが、透き通った声で『今夜は僕ら(8浮気な恋人たち|パートタイム・ラヴァー))のものさ』と歌うのを聴きながら、如何にか気持ちの整理を付けて言葉を絞り出そうとする。

 

 彼の美しい歌声を鬱陶しいと感じたのは、後にも先にもこの時ただ一度だけだった。

「これで、トリオは解散かい?」

「ああ。だが、勘違いするな一刀。俺はお前を追い出したいなんて、微塵も思っちゃいないんだ。でもな、お前には守らなきゃいけない人が居るんだろ?その為に、この街に――俺の所に来たんじゃないのか?」

「……そうだよ」

 

「なら、今が帰るべき時なんじゃないかと、俺は思う。教えるべき事は、全て教えた。お前は俺が軍を辞めて以来、ジェイ以外じゃ唯一、安心して背中を預けられる相手になってくれたよ。それはつまり、お前が学ぶべき事は、この街にはもう無いって事だ。勿論……」

 

 レイモンドは、そこで一度、言葉を切って、肯定と拒絶の両方を求めている様な複雑な表情を浮かべた。

「お前が本格的にこの街に落ち着いて、俺たちの後継者になってくれるって言うなら、話は別だが」

 また、沈黙が流れた。

 一刀が口を開いたのは、ステヴィーがビージーズにバトンタッチして、更にはケニー・ロギンスがフットルースの大サビを爽やかに歌い出した頃の事だった。記憶では、次にはアース・ウインド&ファイアが続く筈だ。

 

「帰るよ。きっと、あんたの言う通りだと思うから」

「そうか、じゃ――」

「ただ、ジェイが退院するまでは待ってくれ。せめて、皆で……あんたやジェイの家族と、お祝い位はしてから帰りたいんだ」

 

「あぁ。俺も、そう言おうと思ってたんだ。それに、お前の腕もな。わざわざ日本まで労災を送らなきゃいかんなんて、面倒で仕方ない」

 レイモンドはそう言って、軽く一刀の三角巾で吊られた腕を突くと、白い歯を見せて笑った。

 それから一時間ほどしてレイモンドが帰り、一人部屋に残された一刀は、気に入っていた大きな窓の縁に腰かけながらキャメルに火を点け、紫煙がロスアンゼルスの街明かりに溶けるのを、暫くじっと眺めていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから二月ほどが過ぎ、ロスアンゼルスの仲間たちに別れを告げた一刀は、一旦、東京に戻って家族に会っただけで、直ぐに母方の実家の鹿児島へと旅立った。久し振りに会う祖父は、白髪の数こそ増えたものの未だに矍鑠(かくしゃく)としていて、一刀を招き入れる時の背中は、小さい頃から感じていた、厳しさと優しさを備えた大きさを保っていた。

 

「もう一度、鍛えて下さい」

 ちゃぶ台を挟んで正座をし、そう頭を下げた孫を、北郷達人(たつひと)は静かに見詰めた。

「どげん風の吹き回しじゃ。子供ん時は、散々に嫌がって逃げちょったお前が」

「……」

 

 達人は、沈黙を貫き返事を待つ一刀の下げたままの頭を見遣りながら小さく鼻息を吐くと、するりと立ち上がった。

「着いて来い」

 一刀は、そう言ってさっさと茶の間を出てしまった祖父の背を追って、慌てて立ち上がる。

 

 一刀が黙って着いて行くと、祖父が一刀を導いたのは、子供の頃の一刀が嫌いで仕方のなかった、北郷家の裏手にある道場だった。実戦を想定した示現流の道場である為、床は板張りではなく、砂を敷いて高低差を付けてあるので、靴を履いたまま道場の門を潜る。

 達人は、壁掛けの木刀台から唯の木の棒と見紛う一本の木刀を取って、一刀に差し出した。

 

「そいば、爺ちゃんに向かって振ってみろ」

 一刀が木剣を受け取ると、達人は返事も待たずに道場の中央に歩いて行って、するりと一刀の方に向き直った。

 一刀は、覚悟を決めて祖父に正対すると、目を閉じる。

 

 そうして、剣道で教わった事は全て頭から締め出した。自分が学びたいのは、精神修養の術でもスポーツでもない。

 慣れ親しんだ右足を前に出す上段の型ではなく、自分の足の大きさ一つ分を開けて、左足を前に出す。

 眼前に居るのは自分の祖父ではないと言い聞かせる。敵だ、と。

 右八双に振り上げた木剣を一度止め、呼吸を整えて、腰を落とす。

 

 

「鋭!!」

 

 裂帛の気合の籠った一歩と共に、木剣が凄まじい風切り音を伴って振り下ろされ、達人の左の首筋の寸でで、ビタリと止まった。だがそれは、便宜上の事に過ぎない。一刀は、祖父の身体を袈裟に切り裂く心算で剣氣を込めていた。

「良か」

 

 達人はそれだけ言うと、構えを解いた一刀から木剣を受け取って壁に戻し、手振りで呼び寄せるて、今では自分よりも僅かに背の高くなった孫を見上げた。

「一刀、座らんせ」

肩に大きな手を置いてそう言う祖父に素直に従い、一刀が素直に設えられた木のベンチにに腰を下ろすと、次の瞬間、一刀は懐かしい祖父の匂いに包まれていた。

 

「ないしちょったんじゃ、一刀」

 自分を引き寄せて抱きしめ、頭に手を置いている祖父の震える声が降って来る。

「優しかったおまんが、こげんな殺気ば込めて剣ば振れる様になるまで……一人でないしちょったんじゃ、一刀よ」

 一刀は、喉に込み上げて来る熱いものを如何にか飲み下して、祖父のガッシリとした胴に腕を回した。

 

「俺は、強くならなきゃいけないんだ……じいちゃん、俺を鍛えて……鍛えて下さい……!」

 達人は、嗚咽を堪えてそう懇願する孫の頭を力強く撫でてやる。かつて、小さな孫をあやしてやった時と同様に。

「分かった。なんも心配せんで良かど。爺ちゃんが、お前を鍛えてくるっで。じゃって、もう泣くな、な?」

 

 達人は、その約束を破らなかった。

 それから五年の間、達人は正に『瓶の水を移すが如く』という言い回しの通りに一刀を鍛え、その全てを教え込んだのである。

「ま、段位が聖に届くかち言われるとギリギリじゃっどん、業に関しては四段で良かじゃろ」

 

 事実上の皆伝を告げられてから数週間の後、一刀はその証として、祖父秘蔵の一振りであり、大阪正宗の異名を取った井上真改国貞の打ち刀を譲り受け、登録やら何やらの面倒ごとを全て片付けて、鹿児島空港のエアターミナルに居た。

 見送りは断ろうとしたが、達人はのらりくらりとそれを躱して、結局はここまで着いて来てくれている。

 

 

 五年も寝食を共にしていれば、特にこの様な時に二人だけで喋る様な話題も持ち合わせて居ないので、二人は黙って座り、自販機で買ったコーヒーを飲む位しかする事もない。

 やがてアナウンスに搭乗を促された一刀は立ち上がりざま、祖父が孫を呼び止める静かな声に応えて振り向き、頭を殴り付けられでもした様な衝撃を受けた。

 

『こんなに、小っちゃかったっけ?』

 そこには、何処にでも居そうな小さな老人が座っていた。何時も厳めしく吊り上がっていた筈の眉尻も穏やかに下がって、大きかった筈の身体は、半分ほどにも縮んだのではないかと思える程だ。

 そこまで考えて、一刀ははたと思い至った。いくら矍鑠として見えても、祖父はもう、九十に手が届く古老なのだと言う事に。

 

 祖父は、残された時間のほぼ全てを、自分の為に使ってくれたのではないだろうか。

 一刀が、そんなどこか不吉な思いを抱いたのを知ってか知らずか、祖父は穏やかに笑った。

「もう、会えんのじゃろ?」

「分から……」

 

 一刀はそこまで言い掛けて口を閉じ、しばし祖父の穏やかな瞳を見詰めてから、小さく首を縦に振った。

「多分―――きっと、そうなるんじゃないかと思うよ」

「そうか」

「うん。あの、な、爺ちゃん……ありがとうございました!」

 

「男の別れじゃっど、爺ちゃん、湿っぽかこつは言わん。一刀、おまんは、爺ちゃんの自慢の孫じゃ。どげな時も前ば見て、気張って進め」

 達人は、深く下げられた一刀の頭を愛おしそうに撫でてから立ち上がり、「ほれ、乗り遅れるど」と言って頭を上げさせ、肩を叩いて送り出す。

 

 それから暫くして、空港の展望デッキに出た達人は、孫を載せたジャンボジェットが蒼穹に雲を引いて見えなくなるまで、何時までも静かに空を見ていた。

 

 

                            あとがき

 

 今回のお話は如何でしたでしょうか?

 一刀を成熟した主人公として登場させると決めた時、そのバックボーンをきちんと書きたいという想いは当時からあったのですが、何分、早く続きを書きたくて焦れていたり、ボキャブラリーがまだまだ少なかったりした事もあって、曖昧な形にしてすっ飛ぼしてしまった部分が多々あり、後悔していた箇所でもありました。

 

 今回も、文章量は大幅に増えているものの、現代劇だからこそ出来る表現というのも沢山あって蛇足が過ぎてしまいそうだったので、結構、自制して纏めたつもりだったりします(汗)。

 

 さて、今回のサブタイ元ネタは、機動武闘伝Gガンダムより

 

 戦闘男児―鍛えよ、勝つために―

 

 でした。

 

 元々は主人公であるドモン・カッシュのキャラソンで、若々しい関智一さんが歌っているバージョンも良いのですが、古き良き香港映画を彷彿とさせる中国語版も秀逸

です(笑)。

 

 では、また次回お会いしましょう!

 


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